2025.12.31

「ユダヤ人の歴史」(ポール・ジョンソン)より、モーセ

弁護士 西村 幸三

(モーセについて)預言者であり指導者、いざという時には果敢な行動力を発揮し、まるで電流のように強烈な存在感のある男。激しい怒りを抱くことができ、容赦ない決意を内に秘め、それでいて深い精神性を持ち、人里離れた場所で一人きりになって神と交流するのを好み、神秘的な幻と神の顕現と黙示を見る。しかし世を避ける隠者というわけではなく、強い精神力をもって現世と積極的に関わり、不正を何より憎み、理想世界を実現しようとして熱烈に活動する。神と人との仲介役を果たすだけでなく、過激な理想主義を具体性のある政治課題に変えて取り組み、気高い理念を日常生活の細々した問題の水準にまで降ろすことができる。そして何よりもモーセは立法者であり、裁判官であり、公的私的な活動のすべての側面を道徳的規律のもとにおくために強力な枠組みを用意した、いわば精神的全体主義者であった。

モーセの業績を記した聖書の各書、特に出エジプト記、神命記、民数記は、神の栄光と思想を人々の理性と感情の中へ注ぎ込む巨大なパイプとしてこの人物を描いている。しかし同時にわれわれは、モーセ自身がきわめて創造性に富む人物であったことを忘れてはならない。時に恐ろしくまた時に気高い経験を経て、彼はしだいに激烈な創造力を発揮しはじめる。はるか昔から幾世代にもわたり何ら疑いなく受け容れられてきた日常的観念を取り上げ、それをまったく新しいものに変換して、価値観をひっくり返す。その結果、世界はこれまでとまったく異なった場所となり、古い物の見方に後戻りすることはもはやできない。

しかしモーセがどんなに偉大で例外的人物であったとしても、決して超人ではなかったことに注意する必要がある。モーセはほとんど卑怯と映るほど、ためらいがちであいまいであった。判断を誤り、頑迷で、愚かで、苛立ちやすかった。しかも驚くことに自分の欠点を常に意識し悩んでいた。

ポール・ジョンソンには「キリスト教の2000年」という著書もあり、いずれも傑作だと思う。両宗教の神秘性のヴェールをはぎとりながら、そのドラマトゥルギーとエネルギーの源がいずこにあるのかを理解できる。