2025.10.15

釈迦 「自燈明 法燈明」 雑阿含経より(「仏教の根本聖典」増谷文雄)

弁護士 西村 幸三

アーナンダよ、比丘たるものは、身について身を観察し、熱心に懈怠無く、憶念して忘れず、ひたすらにこの世において貪欲と、憂悲とを排除せねばならぬ。

 

また、感覚について、ないし心について、さらに法について、それらを熱心に観察し、懈怠無く、憶念して忘れず、ひたぶるにこの世界において貪欲と憂い悲しみとを排除しなければならぬ。

 

かくてアーナンダよ、比丘たるものは、自らを燈明とし、自らを依所として、他人を依所とせず、法を燈明とし、法を依所として、他を依所とせずして住するのである。

 

「自燈明 法燈明」として、原始仏教以来、釈迦の遺言とされている言葉である。

自分の心を冷静に見つめて向き合い、自分の意思と力で心を照らし、理法・真理に立ち返って心を照らし、行動として実践することに努め、苦を滅するというのが、釈迦の姿勢であった。

釈迦はいろいろな形や言い換えで、弟子たちに繰返しそれを説いたのである。