クマ駆除がニュースで報じられるたびに、自治体に「熊を殺すな」といった抗議の電話が殺到するという報道に、心を痛めている人は多いと思う。
令和7年4月に鳥獣保護管理法の改正が成立し、緊急銃猟が認められることになった。
が、その改正の発端となった、北海道砂川市でのクマ駆除に関し猟師に対する不利益処分から始まった行政訴訟の経緯は、改めて検証し、今こそ注目する必要があると思っているので、紹介したい。
北海道砂川市で平成30年8月21日に実施されたヒグマの駆除において、砂川市の要請を受けて出動してヒグマに発砲して駆除した同市の北海道猟友会砂川支部猟友会支部長池上治男氏に対し、その際の発砲が銃刀法違反、鳥獣保護管理法違反であるとして、北海道公安委員会が猟銃の所持の許可を取り消した。
処分に納得できなかった池上氏はこれを不服として行政処分の取消を求める訴訟として裁判所に訴え、当該処分の違法性を争うこととなった。
札幌地方裁判所での第一審判決(令和3年12月17日)は池上氏の請求を認めて公安委員会の猟銃所持許可取消処分を取り消した(池上氏勝訴)が、公安委員会はこれに控訴し、札幌高等裁判所の第二審判決(令和6年10月18日)は、地裁と逆に、池上氏の請求を棄却し、北海道公安委員会の猟銃免許取消処分を妥当であるとして維持した。
この事件は、上告され、現時点でも最高裁の判断待ちである。
以下、事実経過を、まず地方裁判所判決から引用して、紹介する。
池上氏は、砂川市在住で,北海道猟友会砂川支部の支部長を務め,砂川市の委嘱する鳥獣被害対策実施隊の隊員も務めていた。
平成30年8月21日朝、ヒグマ目撃者から警察に通報があった。
警察は砂川市に連絡し、砂川市は、砂川市鳥獣被害対策実施隊の池上氏に出動を要請した。
池上氏、砂川市職員B、警察官Cが現場に到着。同じ砂川市鳥獣被害対策実施隊の隊員Dも遅れて現場に到着した。
池上氏は、B職員に、「ヒグマはまだ子熊なので、これを逃がしてはどうか」と提案した。
しかし、B職員は、「3日連続でヒグマが出没しており、今後も食べ物を当てにして繰り返し現れる可能性が高く、地域住民も生活上の不安を感じて駆除を強く要望しているため、できれば駆除をお願いしたい」旨伝えた。
そこで、池上氏は、ヒグマを駆除することとした。
B職員及びC警察官は、高さ8メートルの土手の北側(土手の上ないし裏側)の市道に行き、近くの住民に対し、ヒグマが現れており、ハンターがその有害駆除を実施中であることを告げて、家の中に入るよう避難誘導した。
C警察官は、原告が本件ライフル銃を発射する可能性を認識していたが、特段、原告に対し、発射を制止したり、発射しないよう警告したりすることはなかった。
池上氏は、Dに、北側の市道に移動するよう指示を出し、Dはこれに従い(土手の裏側になる)市道に移動した。
池上氏は、ライフル銃を構え、本件ヒグマが立ち上がるのを待った上で、弾丸を1個発射し、これを本件ヒグマに命中させた。
ヒグマの背後の土手はおおむね草木に覆われていたところであった。
というものである。さらに地裁判決によれば、土手の上側の建物(Aが居住)に危険があったかについて、位置関係から、危険は無かったと言及する。
本件現場から見える建物というのは本件建物のみであって、他の建物はにわかに見える位置にはない。
そして、この本件建物についても、原告の発射位置よりやや手前の位置からその屋根の一部が見えるという程度にすぎず(上記写真には発射位置に立つ捜査員ないし池上氏本人が写っているため、そのやや手前から撮影していたことになる。)、池上氏の発射位置に立った場合には、屋根すらも全く見えないか、仮に見えたとしてもやはり屋根の一部のみが見えるにとどまるのではないかと推認される。
本件建物に居住するAは、その陳述書において、土手がかなりの急斜面であり、本件建物から土手の下(本件現場)は見えないため、仮に土手の下から発砲されたとしても、本件建物にまで弾丸が飛んでくるとの恐れを抱くことはない旨陳述している。
という位置関係であったと認定した。
さらに、池上氏によれば、建物の位置自体は承知しており、万全を期すために、左右方向においては建物と建物の間に射線(銃身を向ける方向)を設定した。
弾丸は本件ヒグマからそれたりすることもなくこれに命中したものであり、この弾丸が本件ヒグマの体を貫通し、更に跳弾してどこかへ飛んだような事実をうかがわせる証拠も見当たらない。
そもそも、原告が発射した弾丸が、本件現場付近の建物に当たったとか、その建物を損壊させたなどといった事実は、本件証拠上全く認められない。
というのが地裁判決で認定された、池上氏、ヒグマ、土手、土手の上のA居住建物の位置関係と、だから建物に当たる危険は無かった、というものである。
その後、Dは、北側の市道から原告のいる本件現場に降りてきたところ、本件ヒグマが血を流し、ぜいぜい言って倒れていたので、Dは、どうするのか池上氏に尋ねたところ、「お前に任せる。」と言われたため、本件ヒグマに向けて弾丸を発射し、とどめを刺した。
本件ヒグマを駆除した後、原告、D、B職員及びC警察官は、駆除が無事に終了したこと、特に異常も生じていないことを確認し、解散した。
その後の経緯が問題である。なにがきっかけで、池上氏の射撃を公安委員会が問題にするようになったのか。地裁判決を引用する。
Dは、原告の本件発射行為で発射された弾丸が跳弾し、これにより自己の猟銃の銃床が破損したなどとして、池上氏に対し金銭の支払を要求した。
池上氏がこれを拒否したところ、Dは、平成30年10月4日、砂川署に対し、原告の本件発射行為により猟銃の銃床が(*持ち手の木の部分と思われる)破損した旨の被害申告をした。
砂川署は、Dの被害申告を受けて捜査を行い、鳥獣保護管理法違反、銃刀法違反等の罪により事件を検察庁に送致したが、検察庁は原告を不起訴処分とした。
また、鳥獣保護管理法では都道府県知事による狩猟免許の制度が設けられているところ(同法39条)、北海道知事は、原告に対し、同法38条3項違反を理由とする狩猟免許の取消し(同法52条2項)は行わないものとした。
平成31年4月24日 北海道公安委員会は、本件発射行為が「弾丸の到達するおそれのある建物に向かって」銃猟をし、もって鳥獣保護管理法の規定によらない銃猟をして銃砲を発射したとして、猟銃所持許可の取消処分をした。
令和元年6月4日 北海道に対し、本件処分について審査請求
(注:多くの行政処分の審査請求は、行政不服審査法に基づいて、都道府県の行政不服審査会(学者・弁護士・有識者において構成。北海道では学者1名と弁護士2名である)において審理され、その答申を受けて都道府県知事が決定をする。しかし猟銃所持許可取消処分は、都道府県でも公安委員会がおこなう処分なので、審査請求も公安委員会内でおこなう。審査する委員は公安委員である。公安委員には弁護士は含まれるが、実業界などからも相当数の委員が任命される)
令和2年4月1日、審査請求棄却。
令和2年5月12日、池上氏は取消訴訟を提起。
この地裁判決が認定した経緯を見て、多くの者は、
「検察庁も不起訴処分なんだ」
「北海道知事も狩猟免許の取り消しはしなかったじゃないか」
「じゃあなんで公安委員会だけが、猟銃所持許可を取り消すの?」
と感じただろう。
私もそうである。
池上氏がヒグマを射殺したのは、進んでではなく、小熊なので逃がしたらどうかという提案をしたものを、砂川市職員から要請されたものであった。
射撃をした時点でたまたまB職員、C警察官は池上氏の横にいなかったが、それは、B職員が池上氏に射撃を依頼したのを受けて、C警察官が、Aら周辺住民に、ハンターが駆除するからと家の中に入るよう避難を呼びかけに、土手の上の市道側に向かい、現場を離れていたからだろうと思われる。
地裁判決も、
そして,本件ヒグマが現れ,原告が本件ライフル銃を携えてこれを追っていったのに対し,その場にいたC警察官は,原告が本件ライフル銃を発射する可能性を認識しておきながら,特段,原告に対し,発射を制止したり,発射しないよう警告したりすることはせず,むしろ,原告が本件ヒグマを駆除することを前提に,近くの住民に対する避難誘導を行っていたものである
このように,現場に臨場していた警察官自体も,原告による本件ライフル銃の発射を事前に制止することなく,むしろ発射を前提とした行動を取っていたところである。
と認定する。C警察官も池上氏の射撃を容認し、ヒグマに射撃する前提でいたことは明らかである。
実は、警察官職務執行法第4条1項というのがあって、
(避難等の措置)
第四条 警察官は、人の生命若しくは身体に危険を及ぼし、又は財産に重大な損害を及ぼす虞のある天災、事変、工作物の損壊、交通事故、危険物の爆発、狂犬、奔馬の類等の出現、極端な雑踏等危険な事態がある場合においては、その場に居合わせた者、その事物の管理者その他関係者に必要な警告を発し、及び特に急を要する場合においては、危害を受ける虞のある者に対し、その場の危害を避けしめるために必要な限度でこれを引き留め、若しくは避難させ、又はその場に居合わせた者、その事物の管理者その他関係者に対し、危害防止のため通常必要と認められる措置をとることを命じ、又は自らその措置をとることができる。
とある。
現場の警察官がこの警察官職務執行法第4条1項に基づいて、猟銃によるクマの駆除を命じることで、こういった市街地でのクマの駆除のための発砲が違法にならず許容されるというのが、法律の建付けになっている。
C警察官は、B職員からの依頼で、池上氏が猟銃で熊を駆除しようとしていたことは認識していて、その前提で、C警察官は住民を家屋内に避難させるよう、土手の上側に回って、呼びかけていたので、池上氏の射撃を容認していたことは明らかであるが、どうやらB職員は、はっきりと池上氏に警察官職務執行法第4条1項により射撃を「命じ」ていなかったのである。
だから、形式的には、警察官職務執行法第4条1項により命じられもしないのに、人里で射撃をしたということで、池上氏には、銃刀法違反、鳥獣保護管理法が成立していると責めることはできてしまうということになる。
いや、それって、射撃を命じるべきB警察官が、「命じ」ることを忘れたまま、土手の上側の市道のほうに回って現場を離れていたからじゃない?
と、思うのが、普通であろう。
ちなみに、この砂川市の猟銃所持許可取消処分が世間で問題として採り上げられるようになってからの令和5年になって、警察庁は各都道府県警察に向けて、通達を発している。
熊等が住宅街に現れ、人の生命・身体に危険が生じた場合の対応における警察官職務執行法第4条第1項の適用について(警察庁丁保発第43号/警察庁丁企画発第153号 令和5年3月28日)
https://www.npa.go.jp/laws/notification/seian/hoan/hoan20230328-1.pdf
これは、警察庁が各都道府県警に発出したものであるから、おそらく意図としては、現場の警察官が警察官職務執行法第4条1項により命じなければ、市街地でのクマ駆除の発砲行為が違法扱いされてしまうので、警察官職務執行法第4条1項による命令を猟師におこなうことが大切である、ということを通達したものと思われる。
警察庁でも、この砂川市事件の猟銃免許取消処分において、警察官職務執行法第4条1項の命令を現場の警察官が出していなかったことがこんな形に発展したことについてはおそらく、庁内的に、または環境省との省庁間協議などを経て、政府内でも、なんとかならなかったのか、問題ではなかったのか、という指摘を受けたりして、警察庁でも配慮が働いたであろうことが想像される。
地裁判決でも、砂川市職員Bも、なんとか池上氏に猟銃所持許可取消処分しないようにと、池上氏を擁護する証言をしたり陳述書を提出している。
弾が届く危険があったと言われる建物の居住者のAさんも、猟師を強く擁護している。
判決によれば、
一番現場に近い建物に居住するAは、本件ヒグマを駆除してもらって良かったと思っており、このことは地域住民もみな同じ気持ちだと思う旨陳述し、砂川市のB職員は、本件のようなケースで発砲者が行政処分を受けるとなると、市としても駆除の協力を得るのが難しくなり、その結果、住民に不安を与えてしまう
旨陳述している。
また前述の通り、検察庁は、原告につき、鳥獣保護管理法違反、銃刀法違反等の罪による事件の送致を受けたものの、原告を不起訴処分としたところである。また、北海道知事も、原告に対し、鳥獣保護管理法38条3項違反を理由とする狩猟免許の取消しは行っていない。
とある。
さて、北海道公安委員会だけがことさらに池上氏を責めたのは、D氏が「池上氏の射撃の跳弾によりDの銃床が破損した」と主張して被害届を提出するに到ったのが、ひとつのきっかけになったことは容易に推認されるところである。
それにしても、猟師Dは器物損壊の被害届を提出したのに、警察は、銃刀法違反、鳥獣保護管理法違反「等」の罪で、池上氏を検察庁に送致したというのである。もしかしたら器物損壊罪についても送致をしたのかもしれないが、ここで、銃刀法違反、鳥獣保護管理法違反の罪を、警察の判断で付け加えて、検察庁に送致しているのである。
地裁判決は、このDの銃床が池上氏の射撃によって破損したという主張について、
しかも、原告が本件発射行為により発射した弾丸については、本件ヒグマからそれたりすることもなく、これに命中したものである。
また、この弾丸が本件ヒグマの体を貫通し、更に跳弾してどこかへ飛んだような事実をうかがわせる証拠も見当たらない(単に本件ヒグマの体内にとどまったものと推認される。)。
そもそも、原告が発射した弾丸が、本件現場付近の建物に当たったとか、その建物を損壊させたなどといった事実は、本件証拠上全く認められない。
なお、Dは、本件発射行為により発射された弾丸が、自己の所持していた猟銃に当たり、その銃床が破損したなどと証言する。
しかし、そもそも、本件処分の理由は「弾丸の到達するおそれのある建物に向かって」銃猟をしたとするものであって、Dの所持していた猟銃の銃床を破損させたとか、Dに向かって銃猟をしたなどということは処分の理由としては一切挙げられていない。
したがって、Dの上記証言の内容は、本件処分の適否を左右するものではない。
なお、事案に鑑み、念のため検討しても、Dの証言は、
①発砲される可能性のある場所をわざわざ歩いた、
②普段は山に入るときには銃床が肘で隠れるように持つが、今回はそういう持ち方はしていなかった、
③弾丸が猟銃に当たったというのに、当初はこれに気付かず、後に車に戻った時点で初めて気付いた、
④しかも、銃床の位置が腰ないし太ももの前くらいになるように猟銃を持っていたにもかかわらず、銃床に弾丸が当たったことに全く気付かなかった、
⑤後にその猟銃を用いて本件ヒグマに弾丸を発射したにもかかわらず、なお銃床の破損に気付かなかった、
⑥駆除が終了し、車に戻った時点でようやく銃床の破損に気付いたものの、その場ではその話を誰にもしなかった
などというものであって、その証言内容には疑問を差し挟むべき不自然な点が多々みられるものといわざるを得ない。
と、Dの「池上氏の跳弾によりDの銃床が破損した」という主張を全く取り合っていない。
総合して「発砲が形式的に違法であっても、処分は社会通念に照らし著しく妥当性を欠く」と判断し、札幌地方裁判所は、池上氏の銃砲を所持する許可を取り消すという公安委員会の処分の、取消を命じた(池上氏勝訴)。
ところが、控訴審である札幌高等裁判所は令和6年10月18日判決で判断を一転させ、公安委員会の処分を妥当と認める逆転判決を下した。
高裁判決は、「跳弾」(弾丸が物に当たり軌道が変わる現象)の危険性を非常に強調したものであった。以下、高裁判決を引用する。
本件ライフル銃は、レミントンM700 口径7.62ミリメートルである。その最大到達距離は、約3キロメートルから約4キロメートルと推定されている。
「狩猟読本」一般社団法人大日本猟友会発行・環境省自然環境局野生生物課鳥獣保護管理室協力
7 跳弾に注意すること。
大物猟用の実包は跳弾の発生率が高く、特に高速ライフル弾は危険が高く、小枝等に触れただけでも跳弾になり易いため、藪の中等での使用は好ましくない。弾丸は物体に対し45度以上の角度で当たると跳弾となりやすい。また岩場や凍結箇所など、跳弾はいつ発生するかわからないので大変危険である。
8 安土のない所へ発砲しないこと。
これは弾丸が猟場外へ飛び出る危険があるためである。ライフル銃弾の場合は、4km先まで飛行することがあるので、峰越しの獲物や尾根道を走る獲物への発砲は最も危険である。獲物の向こう側が常に安土(山腹)になるように(安土に向かって発砲できるように)位置を決める。」
猟銃等取扱読本(一般社団法人全日本指定射撃場協会発行。平成27年3月1日発行16訂版)
「跳弾が出るものに向けての発射禁止
射撃場では、銃口を地面に向けて発射すると、コンクリートの工作物などにより跳弾が発生します。また、猟場では石垣、竹やぶ、ビニールハウスの鉄パイプなどのほか水面に向けて発射したときにも跳弾が発生します。
跳弾は飛んでいく方向が分からず、事故となる例が多くあります。」
財団法人防衛技術協会刊、弾道学研究会編 火器弾薬技術ハンドブック(改訂版)
「弾丸の跳飛(ricochet)とは、弾丸が地表面または水面で破砕したり、地中または水中に潜入してしまうことなく、再び空中に飛び出す状態をいう。」
「弾丸の跳飛の一般的様相はきわめて複雑であり、弾着時の弾丸および弾着地の条件によって変化する。すなわち、弾丸としては弾丸の形状、質量、旋速、着速、弾着角などが影響し、弾着地の条件としては地形(平坦地か起伏地か)、地質(砂地、土壌、岩盤、さらにはその土質、埴生、含水量など)によって跳飛の様相は著しく異なる。」
「入射角(注:入射点における弾道接線と地面のなす鋭角)(中略)を次第に増やしていくと50パーセントの弾丸が跳飛し、その他は跳飛せずに土中に残るような入射角が存在する。この角度を跳飛限界(中略)という。」上記文献には、跳飛限界付近における入射速度と入射角の関係の一例を示す図があり、同図によれば、入射角20ないし25度程度が跳飛限界とされ、それより入射角が小さい場合は高い確率で跳飛が起こったとされている。
池上氏が本件発射行為をした位置(以下「本件発射位置」という。)から本件ヒグマがいた北北東方向付近の地形は、平坦な地面が続いたのち、市道との間に、高低差8メートル程度の上り勾配の斜面がある。
本件斜面のうち、下方の高低差5メートル程度の部分は急な斜面であったが、上方の高低差3メートル程度の部分は緩やかな斜面となっていた。
本件斜面には草木が繁茂しており背後の見通しが悪く、石も散乱していた。
本件発射行為当時、本件ヒグマがいた地点は、本件斜面の急斜面と緩斜面の境付近であったと認められる。
池上氏が本件発射位置と主張する地点における本件ライフルの高さと、本件ヒグマがいた位置であると池上氏が主張する地点における弾丸が命中した部分の高さを結んだ直線は本件斜面と交わらないところ、本件発射位置は、池上氏が本件発射位置と主張する地点(当審における検証において池上氏が指示したア地点)より本件斜面に近かった可能性があり、また、本件ヒグマがいた位置は、本件ヒグマがいた位置であると池上氏が主張する地点より若干本件発射位置に近かった可能性があるため、本件発射位置における本件ライフルの高さと本件ヒグマの弾丸が命中した部分を直線で結んだ延長線は、本件市道に至るまでの間に本件斜面の地面と交わった可能性が否定することができないものの、その交わり方はごく浅い角度であったと推認することができる。
として、池上氏は土手の高さ5メートルほどにいたヒグマが立ち上がったところを射撃しているので射撃した線を延長すれば土手にぶつかるが、ごく浅かったと認定する。
そして、なんと、高裁判決は、池上氏の撃った1発のライフルの弾が、熊を貫通した後、その後弾道が変化するなどして、Dが持っていた猟銃の銃床にあたって銃床を破損させたのだと認定する。
証人Dは認定事実に沿う証言をしているところ、Dの証言は、Dが、本件発射行為がされたわずか1時間程度後には本件発射行為によってDの銃床が破損した旨を被控訴人に訴え、この時点でDの銃床に弾丸が貫通したことと符合する破損が生じていたこと(甲13、乙16、44)、本件発射行為の日と近接した平成30年10月5日に、Dが本件ヒグマのとどめを刺した地点(認定事実(4)ウ(イ))で銃床の破損部分に符合する木片が見つかったこと(乙7)、本件ライフルは、馬の骨部を完全に破砕するに足る程度を優に超える威力を有する強力なものであった一方(認定事実(1))、本件発射行為により標的となったのは推定年齢0歳、体重7.5キログラムの子熊であって(認定事実(4)ウ(ウ))、命中した弾丸は容易に貫通し得たこと、Dが殊更に銃床を破損させるなどして虚偽の被害を訴えた事実はうかがわれないことによって裏付けられる。
また、当審における検証の結果によれば、本件発射行為時に本件ヒグマがいた位置からは、本件市道まで緩やかな斜面となっており、草木は繁茂しているものの弾丸を遮るに足りる強固な構造物はなく、本件市道から本件斜面の上方に進入したDの把持する猟銃に本件発射行為による弾丸が当たったとしても矛盾しない。
高速ライフル弾は小枝等に触れただけでも跳弾になりやすいとされる中、本件斜面には草木が繁茂していたほか石も散乱し、跳弾が起こりやすい状況であったことを考慮すると、本件発射行為による弾丸は、本件ヒグマに命中したとしても、その後弾道が変化するなどして、本件周辺建物5軒、特に本件建物や本件一般住宅に到達するおそれがあったものと認めるのが相当である(なお、跳弾は、飛んでいく方向が分からず、複数回起こり得ることからすれば、本件ヒグマがいた位置と本件周辺建物5軒の間に本件斜面の地面があったとしても、直ちに本件周辺建物5軒に跳弾が到達するおそれがなくなるともいえない。)。
だから、
本件についてみると、本件発射行為による弾丸が本件周辺建物5軒に到達する相応の危険性があった上、被控訴人が銃器を扱う者として心得ているべき安全のための遵守事項に複数の点で違反し、本件発射行為によってBらの生命・身体も危険にさらされたことは上記アのとおりであり、このような発射行為が繰り返されないようにすべき要請を否定することはできない。
として、猟銃所持許可取消処分が妥当だとする。
さて、Dの主張が幾多の点で不自然として全く取り合わなかった地裁判決と、高裁判決のあまりの落差には、唖然とするだろう。
高裁判決は、一見地裁判決を微に入り細に入り洗い直しているように思われるが、すべてが、控訴した公安委員会側を逆転勝訴させるための方向で修正されている。
それにしても、池上氏の射撃したライフルの弾丸が、熊を貫通し、その後弾道が変わって、Dの持つ猟銃の銃床にあたったのだという認定は、首をかしげざるを得ないように思われる。
しかも、池上氏の射撃したライフル弾がDの所持する猟銃の銃床を壊すほどの勢いであたったというのに、Dはその衝撃も何も気がついていていないというのである。
また銃床の破片は、Dがヒグマのとどめをさした射殺地点に落ちていたというのであるが、Dはとどめをさした際に銃床の破片が落ちたことにも気付いていないという。
そもそも、公安委員会も、Dの銃床を壊したのが池上氏の射撃した弾丸だとは主張もしていなかったのにもかかわらず、高裁はそう認定したのである
(地裁判決で整理された公安委員会の主張は、建物に危険が及ぶ可能性があったからというのが、猟銃所持許可取消の理由である)。
さらに、高裁判決は、池上氏に反省の態度がないことを批難する。
また、本件斜面及び本件市道上にはD、C警察官及びB職員がおり、弾丸の跳飛の一般的様相は極めて複雑で、跳弾は飛んでいく方向が分からず(前記各文献)複数回起こり得ること等にかんがみると、本件発射行為は同人らの生命・身体も危険にさらしたというべきである。
そうすると、本件発射行為が不当なものでなかったということはできない。
それにもかかわらず、被控訴人(*池上氏)は、乙署が鳥獣保護管理法違反等の被疑事実について捜査を開始してから本件処分時までの間に、本件発射行為が危険なものであることを受け入れず、一貫してその正当性を主張しており、同種違反の再発可能性があるといわざるを得ない。
そうすると、被控訴人による違反行為は、指示処分(銃刀法10条の9第1項)の「その違反行為が比較的軽微である。」「違反行為の再発防止が期待できる。」との量定基準(別紙1の3の通達別表1の17)を満たさず、銃砲所持許可取消処分の「同種違反の再発のおそれ(中略)が認められる場合」との量定基準(別紙1の3の通達別表1の19)を満たしているといえる。
と池上氏が、警察の捜査段階から一貫して発射行為が、駆除作業に携わっていたB 、C、Dらの生命身体も危険にさらしたことを認めず正当性を主張し続け、再発可能性がある、とたたみかけるのである。
え?高等裁判所の判断は、3キロメートル跳ぶ弾の跳弾が、駆除作業に携わっている他の者らに当たる危険性がある限りは、「人」への危険性はある、っていうことなの?
じゃあ、射撃する猟師以外は、一切その場から遠く離れたところや建物内に避難している状態でなければ、射撃はできないことになりませんか?
まったく独りで、射撃するんですか?
手負いのクマから反撃されたらどうするんですか?
複数の猟師がいるなら周囲に配置するでしょう?
警察官職務執行法第4条1項により命ずる警察官も、そばにいないといけませんよね?
池上氏がB、C、Dの命を危険にさらしたことを認めず正当性を主張するのがけしからんと、札幌高等裁判所は本当に言っているのですか?
これを読んで、そう感じ、憤慨しない猟師はまずいないだろう。
池上氏は、警察から銃刀法違反、鳥獣保護管理法違反の刑事事件の嫌疑をかけられ取り調べを受けた際、「危険でした」と、危険性を認めればよかったのだろうか。そうしたら、池上氏は、刑事事件でも、その自白に基づいて、銃刀法違反、鳥獣保護管理法違反で起訴されて有罪判決を受けることになったと思われる。
高等裁判所の判断は、銃刀法違反、鳥獣保護管理法違反という刑事事件の警察取り調べにおいて、池上氏が危険性を認めなかったことを(不起訴に終わっているにもかかわらず)、けしからん、そんなやつは再発可能性がある、と批難しているのである。
これも、高等裁判所の判断としては、相当に違和感がある。
実際には、ここまで判決を精読しないでも、殆どの猟師は怒ったと思われる。
高裁判決は、事実認定としては最終審であり、高裁判決でなされた事実認定はまず覆らない。
しかし、高裁判決の事実認定に首をかしげることは、弁護士であれば、しばしば経験することである。
高等裁判所の裁判官が、上告受理申立がされたり上告審で法律解釈のレベルで結論が覆る可能性を減らすため、できる限り敗訴側に不利な事実認定を微に入り細に入り判決理由に盛り込もうとすることは、よくある。
高裁の控訴審は事実審としての最終審であるから事実認定は最高裁で覆されない(咎められない)ということもあって、最高裁で法律解釈で判決を覆されたくないから事実をガチガチに固めてやろうという裁判官の心理の現れとして、実はよくみられることである。
刑事事件において、地方裁判所の無罪判決が、高裁で有罪判決に覆ることもよくある。
これも高等裁判所が事実審としてのほぼ最終審であることと無縁ではない。
それにしても、ヒグマを貫通した弾丸がさらに跳弾してDが持つ猟銃の銃床を破損して、Dはそれに気付かなかったというのは、ケネディ暗殺事件におけるウォーレン報告書(ちなみにウォーレンは元連邦最高裁長官である)の「魔法の弾丸」を思い起こさせる。
札幌高等裁判所判決は、熊の身体を貫通した後、さらに何かに当たって跳弾して、Dの銃床を破壊し、しかも銃床を抱えていたであろうDがそれに気付かなかったというのであるから、ケネディ暗殺事件のウォーレン報告書の何倍増しだろうかと思う。
ちなみにウォーレン報告書の魔法の弾丸については、ケネディとコナリー知事の身体の位置関係と向きによっては直線で貫通したことが説明できるとされているので、私はウォーレン報告書を批判する魔法の弾丸説を信じているわけではない。
この判決の帰趨をもっとも懸念して見守っていたのは、全国の猟友会に所属する猟師免許・猟銃免許所持者らであった。
猟師免許保持者は、地方自治体からの要請に基づき、命懸けでクマの駆除に従事している。
砂川市周辺の熊駆除に従事する猟師の日当は、そのころでは8000円前後(発砲を含めると約1万円超)が多いとされていた。
仕事を急遽中断しての緊急出動要請への対応、ヒグマに反撃される命の危険と向き合う恐怖、弾薬費、緊急出動に備えての銃の普段からのメンテナンスの手間、ガソリン代、さらに処分の手間や費用などを考えると、全く割に合わない。
それが実は国の基準であり、わずかに自治体で上乗せした金額だったというのであるから、ひどい金額だと思う。
国の基準は、国が地方自治体に地方交付税として対策費用を交付する根拠にもなるから、実は、出し渋っているのは国であり、国の問題なのである。
この砂川市事件のあと、隣接自治体の北海道奈井江町の日当が8500円、発砲した場合に最大10300円で、鳥獣被害対策実施隊への参加を猟友会支部に呼びかけるも、猟友会から辞退された。
そりゃあそうだろうと思う。
猟師の使命感につけこんだ、やりがい搾取と言うしかない。
このような事実関係で、公安委員会から責任を追及されて、猟銃所持許可が取消されるというなら、一体、だれが、熊の駆除の要請に応じて出動するのだろうか。
全国の猟師(猟銃)免許保持者に、強い憤りの声が湧き上がり、クマの駆除の出動要請拒否を表明する猟友会支部が続出したのは当然のことであった。
熊出没への対応に悩む自治体にとっては、この高裁判決は、猟友会や猟師からの信頼を失い、クマの駆除の対応が不可能ないし困難に陥るという、最悪に歎かわしく、忌わしい蹉跌となった。
この札幌高等裁判所判決は、熊被害(人的被害、農作物等の被害)に悩む地域からすれば、警察・公安委員会が、民間に危険な駆除作業を押しつけたあげく、命懸けでヒグマと向き合う猟師を追い込んだという、怒り心頭の判決であった。
人里に出てきたクマの駆除を猟友会や猟師が要請されても、猟師側も断ることができて当然という空気を醸成してしまった。
地方自治体を大いに悩ませ、悲鳴に近い声が政府に各地方から届いたことは想像に難くない。
警察庁は、すでに札幌高等裁判所判決の前年の令和5年には警察官職務執行法第4条1項の励行のために上記の通達を発出したほか、鳥獣保護管理法の所管庁である環境省も大いに悩ませることとなった。
このため、政府として対応をすることが急務となった。
2025年02月21日、鳥獣保護管理法の改正が閣議決定され、2025年4月18日に成立した。
自然環境鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律の一部を改正する法律案の閣議決定について
https://www.env.go.jp/press/press_04458.html
改正では、人の生活圏に危険鳥獣が浸入した場合に、緊急銃猟が例外として認められ、4要件のもとに、市町村長の委託により猟師に実施させることができるようになった。
その4要件とは、
1.危険鳥獣(クマ等)が人の日常生活圏(住居、広場、乗物等)に侵入し、
2.危険鳥獣による人の生命・身体への危害を防止する措置が緊急に必要で、
3.銃猟以外の方法では的確かつ迅速に危険鳥獣の捕獲等をすることが困難であり、
4.避難等によって人に弾丸が到達するなど生命身体に危害を及ぼすおそれがない場合
である。
正直、相変わらずかなり厳格である。
改正前と違うのは、緊急銃猟の場合は、「建物」などに弾丸が到達する危険がないことまでは要件になっていないことである。
しかし、砂川市の猟銃免許取消訴訟のように跳弾の可能性について広汎な事実認定をされたのでは、砂川市事件においては駆除作業に従事する別の猟師のDに跳弾した、さらには駆除に従事して立ち会ったり周辺住民に呼びかけるべき地方自治体職員B、警察官Cの命も危険にさらしたと批難されるというのだから、新たな4要件によっても、札幌高等裁判所判決基準で言えば人への危険性があるわけだから、4要件を具備せず、つまり、法律違反(銃刀法違反、鳥獣保護管理法違反)の発砲であると責められることからはおよそ逃れられないことになる。
札幌高等裁判所判決によれば、ライフルの弾は3キロ先まで届き、予測不能な跳弾をすることまで、猟師は予測せよ、というのである。
そして、駆除作業に携わり、そこに立ち会う(場合によっては命令を出す)、地方自治体職員、警察官はもちろん、駆除作業に従事する他の猟師に跳弾する危険性があることを認めろ、認めないような猟師は、再発可能性があるので猟銃免許は取り上げる、というのである。
札幌高等裁判所判決の要求する危険性基準をクリアして、どうやって、駆除作業ができるのであろうか。
改正法施行後は、さらに猟師に駆除のための緊急銃猟を委託する市町村の職員にも、この4要件の該当性判断をしなければならないが、判断のリスクを、警察が負わずに、自治体職員個人にリスクを背負わせている法改正になっているようにも思われる。
市町村の職員としては、4要件の該当性判断を誤れば、銃刀法違反・鳥獣保護管理法違反の罪の教唆犯・共同正犯が成立する。
刑事事件になれば、最悪、懲戒免職であり、退職金も没収され、人生を棒に振る。
仮に、この砂川市事件で、警察官Cが警察官職務執行法第4条1項により発砲を命じていたとする。
そうしたら、公安委員会は、「建物に当たる危険があった」などといって池上氏に猟銃所持許可取消処分をしたであろうか。
仮にそうなら公安委員会は池上氏に不利益処分はしないだろう。公安委員会がそんなことを主張したら、警察官Cの警察官職務執行法第4条1項の命令が、安全確保しないで発砲を命じたことになるから、銃刀法違反、鳥獣保護管理法違反となる危険を生じさせた違法行為だと評価されることになるからである。
札幌高等裁判所判決は、仮に警察官Cが警察官職務執行法第4条1項により池上氏に発砲を命じていたら、それでも池上氏の発砲行為が危険だなどという認定を下しただろうか。これも、下していなかっただろう。
そうなると、この高裁判決は、警察官Cが警察官職務執行法第4条1項により池上氏に命じないまま、近隣住民に建物内に入るよう呼びかけに市道側に回っていたために、危険かどうかの認定が「ない」から「ある」に変わる、警察官Cの命令があるなら「危険ではない」、民間ハンターなら「危険がある」と認定が変わってしまうという、ダブルスタンダードを採っているということになる。
そもそも、市街地に熊が侵入した状態であれば、コンクリート、アスファルト、建物、壁などの構造物にあふれているのだから、札幌高等裁判所判決の基準で行けば、跳弾が周囲の人に当たる可能性は銃弾が跳ぶ範囲(札幌高等裁判所判決の事例のライフルの最大到達距離では最大3キロから4キロになるだろう)という相当広汎な範囲で認められることになるから、高裁判決のように跳弾の恐れを広汎に強調すれば、たとえこの法改正があったとしも、そして、従来の取扱のように警察官職務執行法第4条1項による命令があったとしても、改正法に基づく市町村の委託があったとしても、市街地においてクマ駆除の発砲行為が危険かどうかの判断基準が変わるわけではないから、銃刀法、鳥獣保護管理法上、合法化される余地は、新基準であっても殆ど存在しないように思われる。
この札幌高等裁判所判決の危険性判断基準が最高裁で破棄されず維持される限りは、今回の法改正しても、猟銃免許所持者がクマ駆除の発砲行為によって免許取消されるリスクは、濃厚に残るのである。
従来のように警察官職務執行法第4条1項による命令に基づき、また法改正後は、市町村による指揮に基づくにせよ、それでもあくまで責任阻却は4要件が満たされる場合に限られるとされているから、4要件の該当性については、猟師は相変わらず、自己判断、自己責任のままである。
そして、高等裁判所が、跳弾のおそれについてこのように広汎に成立するような基準を定立してしまった以上は、いざ公安委員会のさじ加減次第で、公安委員会から猟銃所持許可取消処分を受けてしまえば、猟師としては、一環の終わりである。
なお、鳥獣保護管理法の今回の法改正では、損失補償の規定(34条の6)も置かれている。
すなわち、仮に法改正後であったとして、砂川市の事件でいうDが損失を受けたと主張すれば、砂川市が改正法により損失補償をすることにしましたよ、というのである。
しかし、仮にであるが、砂川市の事件でいうDが、法改正後に、損失補償を砂川市に請求したところで、Dの供述の信用性に照らして、砂川市はDの損失補償を却下するだろうと思われる。
Dが行政不服審査、取消訴訟と争っても、高等裁判所は、証拠不十分として棄却するであろうと思われる。
Dが射撃者を損害賠償請求で提訴しても同様であろう。所詮は民間人であるDが提訴しても、ということである。
今回、猟銃所持許可取消処分の取消訴訟において、高裁判決が、池上氏の射撃の跳弾がDの銃床を破損したという事実認定をおこなったのは、公安委員会側、行政側の立場を守る結論に向けて、池上氏を畳みかけるべく事実認定を固める、という観点が働いたためだったと思われる。
Dが、射撃した猟師の跳弾で壊されたと被害届を出したとき、警察は射撃した猟師に、反省し、謝罪し、場合によっては示談するように示唆しようとしたのかもしれない。そうすればDは器物損壊の被害届を取り下げるだろうからである。
しかし、池上氏は、心外であると憤慨したのであろう。
振り返って、警察官Cは警察官職務執行法第4条1項により池上氏に射撃を命じていなかった。
公安委員会・警察としては、その点に注目されるより、池上氏の射撃が銃刀法違反、鳥獣保護管理法違反であると組み立てるほうが、被害届を出したDへの対応として、池上氏に対して銃刀法違反、鳥獣保護管理法違反の観点で咎めることによって何かやった感があり、警察としての責任の矛先をかわすことができると思ったのかもしれない。
今後も、警察と公安委員会のさじ加減次第で、地方自治体が猟師に射撃を要請して駆除が実施されたとして、あとから岡目八目の視点で、市街地では跳弾の広汎な可能性があるなどとして4要件を満たしていないとして、猟銃所持許可取消処分を出すことは、公安委員会としては安易な選択肢としては残っている。
そうなると法改正前と何も変わっていないことになる。
砂川市の事件の訴訟当事者である池上氏も、こうした法改正を「大きな一歩」「かなりの前進」と評価しているということである。
しかし、最高裁が、札幌高等裁判所判決の上告受理申立を棄却して札幌高等裁判所判決の判断枠組みを維持することになれば、今後、猟師が自治体の要請を受けて緊急銃猟に携わるとしても、公安委員会のさじ加減次第で、猟師は猟銃所持許可を取消しされるリスクは、実は変わりがないのである。
今回の一連の経緯を振り返って、今回の蹉跌に突き進んだターニングポイントは主に3つか4つある。
1.北海道公安委員会は、なぜ、市町村、現場の警察官、北海道知事の姿勢(猟師を咎めるべきでは無いと刑事立件も狩猟免許の取消もしなかった)に背を向けて、独り、猟銃所持許可取消処分の発出に固執したのか
2.北海道公安委員会の公安委員で構成する行政不服審査において、本件の猟銃所持許可取消処分について、なぜ違法または不当であり取り消すべきという答申がされなかったのか。(前述したが、通常の行政処分は北海道知事のもと構成される行政不服審査委員会の3人の委員で構成され、北海道では学者・弁護士2人で構成されている。一方、公安委員会のおこなう行政処分は審査請求も公安委員会のもと公安委員5名によって審査請求が取り扱われ、ちなみに現在の公安委員は、大学理事長(もと教育委員会教育長)1名、金融機関から1名、医師1名、独立行政法人から1名、実業界から1名の計5名である。当時の構成は未確認だが、公安委員には弁護士が1人は置かれることが多い。)
3.地方裁判所で敗訴した北海道公安委員会は、控訴しなくてよかったのではないか
4.札幌高等裁判所のバランス感覚は果たしてどうだったのか
そもそも、人里でのクマの駆除を猟銃でおこなえば、後から、岡目八目の視点で、後知恵で、厳格に検証すれば、なんらかの危険性は、可能性として100%否定することは難しいはずである。
そして、このような厳密な後知恵と岡目八目の視点で、現場で死と向き合いながらヒグマ駆除に参加する民間の猟師に対して、猟銃を取り上げるという不利益処分をおこなえば、当然、自分の命を危険にさらしてほぼボランティアで出動する猟師を著しく貶め、萎縮させ、クマの駆除に困って社会問題が拡大することも、容易に予想できたと思われる。
しかし、その後の自治体、地域社会、政府の混乱を見るにつけ、公安委員会、高等裁判所が、その先読みや、バランス判断ができなかったことがわかる。
あえて言うなら、行政・司法が一種の視野狭窄状態にあり、公安委員会の行政処分判断を、高等裁判所という司法機関が、立ち止まって制止するので無く、追認するという、平時の行政訴訟のルーチンにとらわれていたものと評価できるように思われる。
もちろん、鳥獣保護管理法を厳格に解釈し、クマ駆除の発砲行為の危険性を広汎な跳弾や抽象的危険まで拡大すれば、公安委員会、行政不服審査委員会、高等裁判所の法令解釈も、判断も、いずれも法的には正しい、札幌高等裁判所判決は間違っていない、といえるのかもしれない。
日本では、公務員に無謬性が求められ、公務員のわずかなミスも針小棒大に叩かれる傾向がある。
例えば警察官の職務執行での被疑者の負傷、現業公務員の作業中の器物損壊、遭難者の救助活動において遭難者に怪我を負わせた、さらにいえば自衛隊の活動なども、緊急の場面における咄嗟にできる限りを尽くした中での判断や行動が事後的に検証され、最善では無かったと叩かれ、裁判だけでなくマスコミによって叩かれる。
猟師が、行政や警察の要請に基づいて、ある程度の注意をもっておこなった熊駆除については、多少の手続の瑕疵や危険の発生や可能性に対して、広汎な免責規定をおくのが、本来の解決である。
しかし、今回の鳥獣保護管理法の改正では、そういった免責規定はおかれていない。
そもそも猟銃所持許可取消処分は、銃刀法違反かどうかの問題でもあるから、免責規定をおくならば、銃刀法の射撃に関しても免責規定が必要になるはずである。
クマの駆除は、地方自治体は、民間のボランティアにアウトソーシングしているが、命懸けの作業にもかかわらず、アルバイトの日当にも満たないような額を当然とし、駆除にあたって法令上の明確な指示命令も出さず、法的責任を追及されるリスクや、器物損壊で追及されるリスクを、あたりまえのように背負わせるどころか、逆に行政や司法が寄ってたかって追及する側に回った、というのが、今回の砂川市のクマ駆除に関する猟銃免許取消訴訟の構造なのである。
猟師は、いわば、クマを駆除して、背後から撃たれているのである。
今回の鳥獣保護管理法の改正で、器物損壊で追及されるリスクは一定回避できるように思われる。
そう言っても、被害者という者から直接民事訴訟を提訴される危険性は残る。これは、駆除作業に携わる猟師をその作業についてはみなし公務員とすることで国家賠償訴訟の問題とすることができるのでそれも一案である。
現在の猟師は、法的に非常に厳しい制約下で、法的免責という点では丸裸に等しい状態でクマの駆除の前面に立たされ、また事後的に岡目八目的、後知恵的(「後からなら何とでも言える」的)な責任追及にさらされているのである。
なにより、札幌高等裁判所判決の認定した、跳弾が広汎に成立する基準定立によって、市街地において、跳弾が周囲の人に当たる危険性は否定できないから、今後も、駆除を依頼された猟師は、公安委員会による猟銃所持許可取消リスクを背負い続けることになった。
さて、果たして最高裁は、札幌高等裁判所判決の危険性の基準を是とするのであろうか。
最高裁の破棄差戻判決によって、跳弾の点について真っ当な事実認定を高等裁判所でやり直し、真っ当な危険性基準を定立し直し、一定の「許される危険」についても考慮をすべきことを基準として定立し直すしか無いだろう、というのが私の見方であるが、最高裁がどうするのかはなんともわからない。
事後的に岡目八目、後知恵の視点で、当時の緊急、緊迫して危険な現場にあった者を裁く行為が、社会に説得力を持つには、現場を知り、その判断が社会や他の類似の案件に及ぼす影響も考慮した広い視野とバランス感覚が決定的に重要と思われるところである。