帝範・臣軌
「帝範」は、唐の大宗(李世民)が自ら撰した書であり、「臣軌」は唐の則天武后が側近に編纂させた、いずれも唐代の書である。
李世民といえば、「貞観政要」である。
臣下からの厳しい諫言を歓迎して己に課すどころか後世に残すという、そのオープンマインドに、読む者に、「この立場になってこれはとても真似できない」をある意味唖然とさせる。
則天武后は、女性ながら唐の皇位を簒奪した暴君とも言われる。
唐王朝の皇帝を男子でなく女子の姓の異なる皇后が退けることに反発する官僚や権力争いの政敵に対しては極めて苛烈であったが、現代的な目でみれば、則天武后の統治能力は非常に高く、治世では農民反乱も起きず非常に安定した時代とされている。
皇后が帝位についたことで姓が変わり、国号も「周」と改めたことで唐をいったん滅ぼした暴君のように言われるが、最後は自らの子に帝位を継承して、姓が戻ったことをもって唐の復活とされている。
大宗・則天武后とも、皇帝に仕える時代と皇帝の時代を併せ持つ君主であり、公務員・勤め人・または上司を持つ部下としてのあり方を論じさせれば見事であり、中でも余すところのない一節である。
「思うに、いにしえの忠臣が君主に仕えるにあたっては、心を尽くし、力を尽くすものである。
自分の才能に応じた職位にあって、能力に応じた給与を受ける。
君主からことさらにめでてもらおうとは思わず、君主の心を喜ばせるとしてもおもねることはない。
上に対しては、君主を尊び国家を安泰にし、下に対しては、民の経済を豊かにし振興させる。
うちうちで君主の過ちを正し、外に向かっては君主の美点を挙げる。
よこしまな言動や策謀が正道を損なうことのないようにし、私事をもって公の利益を害さない。
善いこととわかれば実行すること誰よりも優れ、賢者を見ればぜひにでも登用する。
職務に尽力し、労苦を尽くし、報いを望まない。
功績を上げるべく事務に励み、賞賛を求めない。
国家の利益のために、民への貢献のために、務めに励む。
君主に仕えるには、忠正をもって基本とし、忠正は慈恵をもって根本とする。
よって、臣となって、民に慈恵を施すことができないでいて、自分は君主に忠正であると言うものは、とても忠とはいえない。
よって、大臣は、必ず、部下や民を、養い、恵む、徳と心を持つべきである。」
「生活が静謐で何もするべきことがないならば、それは天の恵みによる時間であると思え。
謙虚で慎ましやかにして節度を守るならば、社会が財を与えてくれると思え。
君子は、富貴であっても、身を慎み、養生して、心身を持ち崩さない。
貧賤であっても、謙虚さと慎みを失って利財の獲得に走るということがない。
智のあるものは、自分のやるべき分野でないことは、しようとはしないものである。
謙虚なものは、自分が持つべきでないものを欲しがらないものである。
そうすれば、他人から害されるということもなく、その名は高まる。
君子は、清廉であることで、己の真を全うし、その身を保つ。
財の多いことより、正義・道理にかなうところ多い方が優れている。
位が高いことは、徳が高いことには及ばない」