最近、「陰山メソッド」に代表される、基礎学力強化がブームになっています。
体験的には、基礎学力の重要性が非常に良く理解できるものがあります。
もちろん、あまたある「メソッド」すべてにもろ手をあげて賛成というわけではありません。積極採用すべき部分もあるし、取捨選択もすべきです。
●そろばん→集中力と計算速度→事務処理能力→知能指数→勉強の苦痛が減少
小学5、6年生のころ、計算がクラスで3番目に速かったという記憶があります。1,2番目は公文に通っていた子で、うち1人は洛星から慶應大に進学しました。公文の子には計算ではとても勝てませんでしたが、私がその2人の次に速かった理由は、そろばんだったと思います。幼稚園から小2のころに4級までで止めてしまった程度でしたが、集中力を高めて計算速度を上げるコツは、そろばんで習得しました。それ以降、自然と計算速度は速く、記憶する必要があるときにも集中しようと思えば集中できるようになり、これは後々まで高学力のベースとなりました。
重要なのは、「集中する能力」です。集中するコツをつかめば、大量の計算が速くできます。社会に出ても、集中力によって事務処理能力の高い人間になります。逆に、事務処理能力の低い人、学力の低い人はほとんど集中力が不足しています。そろばんや計算の反覆練習は、集中力を高めます。
●知能指数と事務処理能力と集中力
知能指数検査というのは、脳の情報処理能力を測定する検査と言ってよいと思います。
脳の情報処理能力というのは、おそらく社会人になった時に事務処理能力に相当程度比例してくると思います。
そして、知能指数検査の数値は、おそらく、検査の時に集中しているかいないかで10は簡単に上下するはずです。集中力の高い子供はそれだけで高い数値が出ると思います。
基礎学力の高い子は、集中の仕方も心得ており、知能指数は高いでしょうし、情報処理能力も高いので、結果として知能指数はあがるでしょう。でも、知能指数そのものを上げる訓練にはまず意味はないです。高ければ学業成績がいいわけでもないと思います。計算上子供が小さいほど上下にぶれが出やすいものなので、2,3歳児を知能あそびなどで鍛えれば一見高い数値は出るのでしょうが、3、4歳で150とか200を出しても、先の学業成績では殆ど差がつかないと思います。
●読み聞かせ→一人読み→集中力と知的持久力→事務処理能力→勉強の苦痛が減少
大量の読書をすることは、高学力の大前提です。子供が1歳のころから、ふんだんに読み聞かせを実行すれば、子供の一人読み開始時期はかなり早まり、3、4歳までには自発的に一人読みをはじめるようになります。小学生になっても子供は読み聞かせを要求しますが、2年生くらいまでで黙読の方が速く快適になるようです。それでも求められれば読み聞かせはします。
読書力の高い子供と、読書力の低い子供の学力差は、小学校中学年から高学年にかけて、悲惨なまでに開いてしまいます。
高学力の子供は、家庭に大量の本があって、図書館や本屋にもしょっちゅう連れて行かれ、自分でも行くようになり、「大量の」本を「高速度で」「楽に」読んでいきます。
低学力の子供は、家庭にほとんど本がありません。親自身も、図書館など行かず、本屋でしょっちゅう本を買う習慣もありません。本を読む量が絶対的に「少ない」から、読む習慣がつかないし、読むのが「遅く」「苦痛」になるのです。
読書力の強弱で、同じ勉強時間で処理できる情報処理力に非常な差が生じます。そうなってくると、学力も、時間を追うごとに「富める者はますます富み、貧しい者はますます貧しくなる」のです。
●基礎学力は、「楽」に勉強できるためのパスポート
高学力の子は、概して、勉強を苦にせず、なかばは常に楽しんでいます。楽しむからこそ集中できるし、伸びます。でも、基礎計算力や読書力が不足すると、勉強を楽しむことができません。問題文に向かうだけで苦痛になるのは、基礎が不足しているからです。そうするとますます勉強への意欲はなくなり、学力は低下します。
●サッカーも基礎が大事、勉強も同じ
サッカーでも、くどいくらい「基礎が大事」と言われます。ジーコも、住友金属(現鹿島アントラーズ)のプロ選手たちに向かって、「大事なのはボールを止めることと蹴ることだ」といって、小学生にやらせるような基礎練習を徹底的にやらせました。ジーコの考える基礎レベルがまるでできていなかったというのです。
Jリーグが始まった初年度の前評判では、鹿島アントラーズは最下位間違いなしと言われ、Jリーグのみそっかすになるだろうと言われていましたが、あにはからんや鹿島は、初年度から優勝してしまうほどの常勝集団になっていました。
これは、勉強でいえば、「読み書き、基礎計算の反覆の実践」に他なりません。
やみくもに手の込んだ高度な指導より、勉強が先に進んでいるようでも基礎の反覆徹底という意識と実践を当たり前に、肩意地張らずに保ち続けるのが、成長には有効です。
こういった、スポーツ指導では当たり前の方法論の実践が、子供の勉強の指導ではおろそかにされているのです。
●テレビは付けない、ゲームは買わない
岸本裕史先生、陰山英男先生に限らず、家庭学習について書かれた実践書には、かならず書かれていることは、「テレビはできるだけ見せないように」「ゲームはできるだけさせないように」です。この実践を守らずに高学力を期待するのは困難です。
しかし、現実には、公立小学校では8割以上の子供はテレビゲームを買い与えられているのではないでしょうか。果ては、「子供が学校でゲームの話題についていけずいじめられる」「ゲームができないと遊んでもらえないからゲームを買い与える」といった環境まで発生しているといいます。ですから、テレビやテレビゲームを「見せない、買わない」という指導をすることは、教育現場の実感としても苦苦しいくはありながら、難しいようです。しかしおそらく岸本先生、陰山先生とも、「全くさせないのがベスト」と言いたいはずです。
ゲームは買い与えてはいけません。テレビも、親が決めたもの以外は見せてはいけません。特にゲームの害は計りしれません。親も、テレビを極力見ないようにすべきです。話は単純で、親も本を読むのです。親がテレビを見ずにキッチンのテーブルで本を読む習慣を持っていれば、子供も本を取り出してきて読むようになります。子供が本を読まない家庭は、親の読書量も少ないのです。親がテレビをつけていれば、子供もつけるようになります。だから親も極力みないというのが基本になります。
子供にゲームや携帯電話を与えている家庭があります。しかし、本代に、子供のゲーム代と携帯電話代よりも多くのお金を当てているでしょうか。本代の方が少ないとすれば、そういう家庭は、金をかけてバカを生産しているのと同じです。
●トランプで十分
今の子供は、トランプもあまりしないようです。集まればテレビかテレビゲーム。でも、友達が集まっても、家族でも、トランプゲームや人生ゲームなどのボードゲームで十分楽しめます。ルールを遵守し、勝ち負けを互いに受け容れ、対立と協調の大切さを学ぶには、相手のあるゲームが最適です。外遊びもよいですが、トランプゲームの中で長時間集中し、作戦を立て、思考力を磨くのは、有益なことだと思います。まとまった時間がとれず外遊びができなくても、トランプなら短時間でもできてしまいます。将棋や五目ならべもいいですが、彼我の実力差が拮抗しないことも多いでしょう。
●殆どの子供は学年より遅れている
私は小学校のテストで90点以下をとった経験はほとんどありませんでした。テスト前に準備したこともありませんでしたが、学校のテストはあまりに簡単なものでした。しかし、クラスメイトには30点、50点、70点を取る子もたくさんいるのです。そういう子は低学年から高学年までずっとそうでした。
思うに、学校のテストが80点以下であれば、その学年相当の学力が定着していないのです。その子が、その前のテストでも同じような点だったとすれば、1年下の学力も身についていないはずです。「授業は理解できても問題はとけない」状態か、「授業も理解できない」かのどちらかです。
こういう時は、かなり前まで遡って、簡単な問題からスピードを上げてじゃんじゃん解いていくのが最良かつ唯一の解決方法です。いわゆる「公文式」「さかのぼり学習」「100ます計算」のコンセプトはこれです。低学力児対策として最適なのです。
小学校のテストで80点以下というのは、低学力の素質十分です。1学年2学年下のドリルをやることは別にはずかしいことではありません。どんどんスピードを上げて解いてしまえることが大事です。楽しく、スピード速く、ある程度の時間集中して問題を解くことが習慣化されていることが大切なのです。
●中学・高校になっても、さかのぼり学習
私は、中学に入って、あまりの進度の速さに、落ちこぼれました。中1、中2の時、170人中150番くらいでした。特に数学と物理は進度が尋常ではなく、授業は生徒が講義前に既にわかっていること前提に進むために対応できず、試験も20点30点と、惨憺たるものでした。その遅れを取り戻すのはきわめて困難でした。
とりあえず全体の成績を上げる速効薬として、暗記科目で人の倍は勉強しようと多くの時間を注ぎ込みました。英語、地理、歴史、化学、生物などで90点レベルに乗せるまでで中3を終え、成績は学年50番くらいになりましたが数学・物理が足をひっぱり手のつけようがありませんでした。高1には数学は既に数Tを終えて数Uに突入していましたが、学校の授業にはやはりついていけず試験は赤点続き。苦痛極まり無いものでした。しようがないので、参考書を本屋で延々と物色しました。「あ、これならわかるよ」という本をいくつか買い、その中で「解法の探求」などいくつかのエレガントな良書に出会い、それを、学校の授業とは別に、数Tの最初から遡って、何度も、地道に読み込みました。
学校の数学は高2に入ると難しめの入試問題の演習を1回に10問ずつ生徒を当てて黒板で解かせていくという形式になり、予習しても時間が足らずにこなせず、復習しようにも模範の解法をノートに取りきれなくて、ついていけず、定期試験の結果も情けないくらいにひどいものでした。授業形式についていけない者に対する配慮は先生はしてくれませんでした。
学校の数学にはすっかり苦手意識がついていましたが、高2,高3になって、京大型や東大型の模試を試しに受けてみたところ、数学でもランキングするほど、できるようになっていました。そこではじめて「学校で課されている課題が難しすぎたんだ」ということに気づきました。大学入試本番でも、東大の数学は全問解けました。
学校の成績にめげず、自分にとって難しすぎない、良書といわれる本で、地道にさかのぼり学習をしてものにした結果が、学校外の他流試合で実ったということだと思います。
●「5分考えてわからなければ答えを見る」勉強法
和田秀樹さんが、大学受験の勉強法として推奨するのが、数学は5分わからなければ答えを見ろ、自分は灘の授業でそうしてきた、というものです。この話を読んで、思えば私も、もっと数学の参考書やアンチョコ本を買い込んで、1回入試問題10題の演習授業でも、全部5分であきらめて答えを調べて見ていれば、数学の授業であそこまで予習に時間をかけて苦痛を受けることはなかったなあと、苦笑しました。
私は、授業についていけない代わりにと自学自習用に多少レベルを落として読んでいた数学の参考書は、それほど時間をかけていられないため、問題を5分ほど考えてからすぐに解説を読んで行き、1問に固執せずにどんどん解答を読み進めてエレガントな解法を習得し、わからなかった部分をチェックしておき何度も反覆して読みました。参考書や問題集は苦しんで時間をかけて1回通すより、何回も通す方が、定着もよく、自分で解くことも、そこではじめてできるようになったのです。
何度か読めば、大抵の解法は思い返しながら、高速で読み飛ばせて、頭に刷り込めます。それを和田秀樹さんは「暗記数学」と表現されて、世間の誤解を招いているようです。
しかし、「基礎を反覆」するうちに「自然に覚えて読み飛ばせるようにな」り「反覆したからはじめてできるようになる」ということであろうと、私は体験的に理解できます。理解が伴う反覆の結果、「問題を見た瞬間に解法と解答が頭に浮かぶ」暗記の域に高まるというイメージです。
「わからなけばわかるところまで戻ってやり直す」「できないところはできるようになるまで反覆する」というのは、最良の学習法です。授業で「聞いた」「わかった」「聞いておもしろかった」というだけではダメだということは、落ちこぼれてみて初めてわかることです。
そして、反覆するにはある程度の時間が必要です。参考書の膨大な情報を字面から頭に刻み込んでいくには、苦痛もあります。この反覆を、高速に、忍耐強く自発的に実践するベースとなるのが、小学生の頃に養われる基礎学力、すなわち計算力と読書力であろうと思います。
高学力集団でつばぜりあいとなる苦しいときにものを言うのが知的持久力ですが、これも昨今、生活態度も含めた基礎学力、といわれるものとパラレルだと思います。
●計算練習は中学以降も有効、だと思う
計算練習は、日頃しておかないと、だんだん落ちてきます。100ます計算にしても、低学年でいくら必死にやっても、高学年や中学高校になってやらなくなれば、力は落ちるはずです。
たとえば、中学入試の算数は、複雑な計算を手際良くこなすことが絶対条件です。だから、高い計算力を維持しておかないと、手順は推測できるのに問題に取り組むのが苦痛で、答えに行き着かず、また間違えます。計算力は普通中学入試で鍛えられてピークとなり、後は低下していきます。
計算力が要求されるのは大学入試も同じです。
私も、中学から高校にかけて、複雑な図形問題などで計算するのが苦痛になった時期がありました。今にして思えば、計算力と速度の低下です。これも、仮に、朝に1回数分だけでも学校でカリキュラム化されて計算練習をやる、といった習慣を高校まで続けていれば、ずいぶん楽に数学に取り組めただろうなと、思い返します。別にそろばんに高校生まで通えというのではありません。学校で朝5分やるのが一番手軽なんじゃないかと思うのです。物理の基礎的な計算でも、毎朝5分やってれば、たぶん自分は理系にいけたのではないだろうかとも思います(^^;)。
「公立中学校の挑戦 進路をひらく学力づくり」下末伸正/子どもの未来社
という本があります。これは広島県の小さな島の中学校で基礎計算強化の実践を続けた先生の著書ですが、やはりかなり高学力に結びついたということです。基礎計算練習を小学校低学年向けとかせいぜい高学年までのものと考えず、一過性のブームにも終わらせないことが大切なのではないでしょうか。
●学習漫画の威力
私が高学力組にはいれた最大の原因は、「親が子供の本には金を惜しまなかった」ところにあると思っています。小学校に入る頃には図鑑もいくつも買い与えられていました。なにより好きだった本が、小学館の学習漫画「ひみつ」シリーズでした。これは20冊くらいは買い集めたでしょうか。初期のものほど出来がよいですが、多くは絶版となり、最近改版されているものは情報量も少なくやや疑問符がつきます。
学習漫画は、最大限活用すべきです。分野としては、「科学」「人物・伝記」が小学校低学年から読めて利用しやすいですが、小学館の「どらえもん 攻略シリーズ」もよく、そのほか、歴史やことわざ辞典も漫画で優れた物があります。絶版ですが、学研「満点学習まんが 理科」などは、1冊で小学校の理科全体をフォローしてしまいます。
子供は学習漫画だと数学年上の内容でも平気で読んでしまいます。
●図書館に行く
休みの日に子供を連れて行くのは、近所の公園か、図書館、書店がいいでしょう。小さいころから親が意識してそういう習慣をつけておけば、子供は自然と本好きになります。
●高学力に金がかかるわけではない。正しい方法論が大切
基礎学力ひいては中学高校時代の高学力をつけるのに、決して桁違いの金が子供にかかるわけではないと思います。
親が、子供の家庭教育について早い時期から十分に研究し、正しい方法論を採って意識的に取り組んでいれば、子供が高学力になる可能性は非常に高いです。
進学校に進み、熟や家庭教師に金をかければ、親が理解していない優れた方法論に触れることにより成功する確率は高くなるでしょう。
でも、一流の中学高校でも、カリキュラムが理解しきれなかった場合にやり直すための自学自習の方法論、勉強技術論を教えてくれる先生は、皆無に近いと思います。塾でも家庭教師でも、それだけの厚みを持った先生にずっと恵まれるなどということはたぶんないです。脱落しかかった時に対処する方法論の基本は、子供自身か、親子で、習得すべきです。
ムリ・ムダの無い正しい自学自習の方法論で子供はあと伸びすると思います。
親が、教師の書いた実践的教育書を買い集め、子供が小さいうちから十分に多読し、その中から方法論の長所・短所や共通点を見いだし、取捨選択して戦略を立案しておくことです。こういう時、受験の経験のある親はなにかと有利ですが、親自身の記憶と経験をふまえれば子供の勉強がうまく行くとは思わないことです。
●ムダの効用
中学・高校になれば、子供はムダな知識教養の習得や活動もするものです。ある程度ムダでバカなことに熱中するの人間の方が、社会に出てからは役に立ちます。ただ、勉強を効率的にこなした上で、余暇を作って、ムダに励むことを、方法論として学ぶ必要があります。テレビやゲームに時間を食われては、ムダな活動もできません。
●成績向上の鉄則は「復習」「間違い箇所のチェックと反復」「見直す」
学校や塾の成績がよくなる鉄則がなにかと言えば、第一に「習ったことは、その日か次の日に必ず復習する(復習用に宿題が出た場合は必ずその日か次の日にやってしまう)」第二に「間違った問題をノートを写して解き直す」「テキストや問題集の間違った箇所に間違うたびチェックを入れ、チェックの多く入った部分だけを何度も繰り返し、見直し、解き直す」、第三に「テストの際は、時間の限り何度でも答えを見直し間違いがないかチェックする」です。この3つを十分にやっていれば、必ず成績は上位になるはずです。しかし、この原則を実行している人は殆どいないと思います。成績上位の子供でもこれを実行しなくても何とか上位に残れる子供もいます。でも、成績最上位の熾烈な競争レベルに入ると、この3つの行動原則を意識的に実践しない者は、必ず脱落します。
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