精神疾患に関する労災認定について~財務局の決裁文書書き換え問題

森友学園に対する土地払い下げに関し、近畿財務局で文書の書き換え(改ざん)がなされていたことが判明して、大きなニュースとなっている。

朝日新聞は平成30年3月2日付の朝刊で、近畿財務局が契約当時に局内の決裁を受けるために作った文書の内容が昨年2月の国有地売却問題の発覚後に国会議員らに開示した決裁文書の内容と違っている、と報じた。

さらに、近畿財務局で、決裁文書作成(書き換えにも関与?)当時の担当職員が、昨年秋頃から体調不良で休職しがちになっていたところ、3月7日に自殺したというニュースが流れている。

痛ましい流れになってしまっている。

決裁済の公文書を訂正印で対応するのでなく差し替えてしまうと言うのが言語道断であることは論を待たない。

公文書偽造・虚偽公文書作成罪などの可能性も取り沙汰されているが、決裁権があるものが了解して作り替えた場合、さらに結論や理由の本質的部分にわたらない場合には、そういった罪が成立するかは、必ずしも定かでは無い。

しかし、公文書の決裁に関する規程を逸脱した、ルール違反の行為であったことは疑いをみないわけで、関与した者がラインごと軒並み懲戒処分になることは避けられないと思われる。

さらに、報道されているところによると、自殺した担当職員が、休職前に月100時間の残業をしていたこと、おそらく上司の指示で決裁文書の書き換え作業をさせられていたであろうことが報道されている。

この報道をみて、私が感じたのは、なんともいえない痛ましさとともに、「労災適用になるだろう」というものである。心理的負荷の要因としては、長時間労働と、業務に関して違法行為を強要された(それがマスコミにより公になった)、という2点に該当することになるように思われる。

メンタルヘルス型の労災認定は、申請されるうち認定される率は3割台で推移しており、業務上災害とされる割合は決して高くない。しかし、3割台という数字は決して低くはないとも言えるだろう。

最近5年間の精神障害の労災認定件数の統計は以下である。

平成28年度「過労死等の労災補償状況」を公表:厚生労働省
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000168672.html

表2-1 精神障害の労災補償状況
http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11402000-Roudoukijunkyokuroudouhoshoubu-Hoshouka/28_seishin.pdf

メンタルヘルスから自殺まで到った事案は、年間百数十~二百件程度である。

そして、メンタルヘルス型の労災認定基準は、以下のものである。

精神障害の労災認定
http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/rousaihoken04/120427.html

基労補発1226第1号
平成23年12月26日
都道府県労働局労働基準部長 殿
厚生労働省労働基準局
労災補償部補償課長
心理的負荷による精神障害の認定基準の運用等について
http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/rousaihoken04/dl/120118b.pdf

この、メンタルヘルス型労災の、労災認定基準の判断プロセスと要素は、非常に多岐にわたるが、判断要素は

精神障害発病前おおむね6か月の間に、当該精神障害の発病に関与したと考えられる業務によるどのような出来事があったのか、その出来事の心理的負荷の強度はどの程度と評価できるか

である。その中でも、実務上特に重要視されるファクターが、

超過勤務時間が過労といえるレベルだったかどうか

である。

超過勤務時間についていえば、上記「心理的負荷による精神障害の認定基準の運用等について」の中で、以下のように記載されている。長くなるが引用する。

ア 極度の長時間労働による評価
極度の長時間労働は、心身の極度の疲弊、消耗を来し、うつ病等の原因となることから、発病日から起算した直前の1か月間におおむね160時間を超える時間外労働を行った場合等には、当該極度の長時間労働に従事したことのみで心理的負荷の総合評価を「強」とする。
イ 長時間労働の「出来事」としての評価
長時間労働以外に特段の出来事が存在しない場合には、長時間労働それ自体を「出来事」とし、新たに設けた「1か月に80時間以上の時間外労働を行った(項目16)」という「具体的出来事」に当てはめて心理的負荷を評価する。
項目16の平均的な心理的負荷の強度は「Ⅱ」であるが、発病日から起算した直前の2か月間に1月当たりおおむね120時間以上の時間外労働を行い、その業務内容が通常その程度の労働時間を要するものであった場合等には、心理的負荷の総合評価を「強」とする。項目16では、「仕事内容・仕事量の(大きな)変化を生じさせる出来事があった(項目15)」と異なり、労働時間数がそれ以前と比べて増加していることは必要な条件ではない。
なお、他の出来事がある場合には、時間外労働の状況は下記ウによる総合評価において評価されることから、原則として項目16では評価しない。ただし、項目16で「強」と判断できる場合には、他に出来事が存在しても、この項目でも評価し、全体評価を「強」とする。
ウ 恒常的長時間労働が認められる場合の総合評価
出来事に対処するために生じた長時間労働は、心身の疲労を増加させ、ストレス対応能力を低下させる要因となることや、長時間労働が続く中で発生した出来事の心理的負荷はより強くなることから、出来事自体の心理的負荷と恒常的な長時間労働(月100時間程度となる時間外労働)を関連させて総合評価を行う。
具体的には、「中」程度と判断される出来事の後に恒常的な長時間労働が認められる場合等には、心理的負荷の総合評価を「強」とする。なお、出来事の前の恒常的な長時間労働の評価期間は、発病前おおむね6か月の間とする。

ごくかいつまんでいうと、別表1の項目16において、
http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/rousaihoken04/dl/120427_4.pdf
・80時間未満の時間外労働の場合に「弱」(他の盲目で評価されない場合のみ)
・80時間以上の時間外労働の場合に「中」(他の盲目で評価されない場合のみ)
・発病直前に連続2ヶ月間120時間以上の時間外労働または連続3ヶ月間に100時間以上の時間外労働の場合「強」
ということになる。

1ヶ月100時間程度の時間外労働が恒常的に続いていた場合は、上記の「ウ」に該当するから、他の出来事(3段階で「Ⅱ(中)」程度のストレス要因)と合わせて、「強」程度に属する心理的負荷があったと認定されやすいであろう。

そして、本件では、決裁権者の指示でも無い限り自発的にこの様な書き換えを末端の担当者がおこなうとは通常考えられないから、平成23年版の心理的負荷による精神障害の認定基準によれば、「業務に関連し、違法行為を強要された」として、心理的負荷として、Ⅱ(中程度)に該当する可能性が高い。

また、本件の場合、マスコミに公になることによって、決裁文書の書き換えを担当した者は、責任を問われることが相当な確実性で見込まれる。これは、「会社で起きた事故、事件について、責任を問われた」として、心理的負荷として、Ⅱ(中程度)に該当する可能性が高い。

中程度以上の出来事が2つ以上存在する場合は、心理的負荷は、「強」または「中」とされる。なお、「強」になるか「中」になるかは、近接の程度、出来事の数、その内容を考慮して全体を評価することになる。

決裁文書書き換えからマスコミへの発覚までには6ヶ月は経過しているようであるが、本件では、6ヶ月以内の昨年秋で既に発病しており、またその後マスコミにより公文書書き換えの事実が発覚したことにより、さらに心理的負荷を生じたといえるから、合わせて「強」と評価される可能性は高いように思われる。

このような生生しい時点で、労災認定基準への当てはめをおこなうことには、正直躊躇もあるが、精神障害の労災認定のシミュレーションとしては非常にわかりやすい事例である。

従業員や公務員が、上司に指示されたり、または暗黙の了解で、業務上、違法行為や隠蔽行為に加担させられて、精神的に追い詰められて自殺をするという事件は、報道に接する度、あまりに痛ましく、およそあってはならないことである。

だからこそ、精神障害の労災認定基準でも、平成11年以来、ファクター(出来事)の中に、「違法行為を強要された」ことを掲げている。

本件では、ある意味、労災認定されやすいファクターが揃ってしまっているように思われる。

本件で仮に労災申請がされた場合に、労働基準監督署が、労災申請を却下するとは考えにくい。

労働基準監督官も、公務員として、決裁文書の書き換えをさせられる、さらにそれが発覚してマスコミで大々的に取り上げられる、ということのおぞましさは、痛いほどよくわかっていると思われるからである。

振り返って、マスコミ報道で、もとの文書と書き換え後の文書があれこれ比較されているが、そもそも、もとの決裁文書が長々と不要なことを書きすぎているように思われる一方で、削除したとされる部分も、別に政治家から財務局への口利きや働きかけがあったと書いているわけでもないから、わざわざ書き換えるほどでもなくて、仮に国会で問題になっても正直に答弁するか、あるいは詰めずに決裁文書と異なる答弁をしてしまったのであれば答弁の方を修正すればよかっただけのようにも思われる。

財務省・財務局のやっていることの、つたなさ、見苦しさに、首をかしげる、というのが正直なところであるが、その結果は、あまりに痛ましいものであった。

あらゆる組織のリーダーたるものは、もって他山の石とすべきニュースである。

単に批判するのはいささか安易で、批判するにしても、どこまで自分の問題として引きつけて考えられているか、が問われるところである。

西村幸三

lawfield.com

京都・烏丸三条にある法律事務所を運営。ニュース・法改正・裁判例などから法務トピックを取り上げていきます。