NHK受信料最高裁判決の衝撃

最高裁判所大法廷平成29年12月6日判決(受信契約締結承諾等請求事件)が、NHKの全面勝訴という結果で確定することとなった。

その結果はまさしく衝撃的な内容である。

何十年間未払いという人が、仮にNHKから訴訟を起こされ、判決が確定するところまで行ってしまえば、時効主張が全く認められないで敗訴してしまう、というものである。

つまり受信機を設置した日以降は、たとえ何十年分であっても、民法上5年で時効消滅したと主張することができない。

最高裁判決の全文は、pdfで以下の裁判所のサイトで読むことができる。

http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=87281

特に重要なのは、判決文中、3か所である。

 

上記条項を含む受信契約の申込みに対する承諾の意思表示を命ずる判決の確定により同契約が成立した場合,同契約に基づき,受信設備の設置の月以降の分の受信料債権が発生するというべきである。

 

受信料は,受信設備設置者から広く公平に徴収されるべきものであるところ,同じ時期に受信設備を設置しながら,放送法64条1項に従い設置後速やかに受信契約を締結した者と,その締結を遅延した者との間で,支払うべき受信料の範囲に差異が生ずるのは公平とはいえないから,受信契約の成立によって受信設備の設置の月からの受信料債権が生ずるものとする上記条項は,受信設備設置者間の公平を図る上で必要かつ合理的であり,放送法の目的に沿うものといえる。
したがって,上記条項を含む受信契約の申込みに対する承諾の意思表示を命ずる判決の確定により同契約が成立した場合,同契約に基づき,受信設備の設置の月以降の分の受信料債権が発生するというべきである。

 

受信設備を設置しながら受信料を支払っていない者のうち,受信契約を締結している者については受信料債権が時効消滅する余地があり,受信契約を締結していない者についてはその余地がないということになるのは,不均衡であるようにも見える。しかし,通常は,受信設備設置者が原告に対し受信設備を設置した旨を通知しない限り,原告が受信設備設置者の存在を速やかに把握することは困難であると考えられ,他方,受信設備設置者は放送法64条1項により受信契約を締結する義務を負うのであるから,受信契約を締結していない者について,これを締結した者と異なり,受信料債権が時効消滅する余地がないのもやむを得ないというべきである。
したがって,受信契約に基づき発生する受信設備の設置の月以降の分の受信料債権(受信契約成立後に履行期が到来するものを除く。)の消滅時効は,受信契約成立時から進行するものと解するのが相当である。

 

さて、もしこの裁判所の判例検索サイトのアクセス数を検証したら、史上最大のアクセス数をこの数日に記録することになるのではないかと思われる。

なにしろ、NHK受信料の推計世帯支払率は、平成28年度末で78.2パーセント(前年比1.3ポイント増)。テレビがあって契約しなければいけない推計4621万世帯のうち3612万世帯しか契約をしていないので、1000万世帯以上、2割強の世帯は契約をしていないままテレビを見ていることになる。

平成28年度 NHK受信料の推計世帯支払率

http://www.nhk.or.jp/pr/keiei/otherpress/pdf/20170523.pdf

問題はさらにあって、ホテルなど各部屋にテレビがある宿泊施設である。

宿泊施設は1部屋1契約が必要となる。

ホテルの回転率、空き室率などは考慮してくれない。

まあ確かに住民でも毎日テレビを見ているわけではないとはいえる。

ただ、この論点については、別の裁判が係争中のようであり、最高裁での結論は出ていない。

が、なんとなく流れとしては宿泊施設側に厳しそうである。

2017年3月29日には東京地方裁判所の判決で、東横インに対し、過去最高の計約19億3千万円の支払いが命じられた。
http://www.sankei.com/affairs/news/170329/afr1703290030-n1.html

以下はNHKのコメント。
https://pid.nhk.or.jp/pid99/osk/000000/000001820.pdf

ついでであるが、今回の最高裁判決を受けたNHKのコメントがこれである。

https://pid.nhk.or.jp/pid99/osk/000000/000042197.pdf

なにより衝撃を受けておられると思われる層は、NHKの受信料の徴収員の来訪に対して長年、「うちは払わない」と言って、拒否し続けていたような世帯や、事業所と思われる。

この最高裁判決で、もしNHKが強気になれば、悪質な契約拒否者として把握している世帯から、重点的に、過去のテレビ設置時にさかのぼって支払いを求めてきて、「不満でしたら裁判を起こしますよ」と言ってくることは、十分ありうる。

残念ながら、弁護士が交渉しようにも法的な抗弁は立たない、下手をすればやぶ蛇、というのが、この最高裁判決後の状況判断になる。

さて、では、この最高裁判決を受けて、これまで未契約だったが自分からさらっとNHKを契約する人はどうなるであろうか。

最高裁判決によれば、「消滅時効は、NHKとの受信契約時から進行する」、ということなので、テレビを買い直すなどして、家電店でそしらぬ顔でNHKと契約をしてその月から払い始め、5年間NHKから何事も請求なく過ごせば、それで過去の分は一応時効消滅するだろう、という理屈になる。

でも契約しても一安心ではなくて、契約から5年以内なら、NHKとしては過去にさかのぼった全額が請求可能であり、「あの人は開き直っていた、徴収員を困らせていた、悪質だったから、今さら素知らぬ顔をしてもだめですよ、遡って請求します」ということはありうる。

今回の最高裁判決を読んでみて、現判決が維持されているだけであるから、ある程度予測はついた内容である。

NHK受信料が放送法により発生する特殊な債権であることから、放送法の規定ぶりにしたがって法律を論理的に順に当てはめていけば、判決で命じられてしまうと時効消滅の主張が認められないという結論になるという論理は、確かに形式論理の積み上げとしてはそういわれればそうなる、ということになる。

ただ、それを感覚的に首肯できるかというと、普通の契約上の債権債務の時効消滅と異質な法的論理の過程をたどっているので、かなり違和感がある。

浮世からいささか遠い最高裁判所の裁判官といえ、違和感がないはずはないだろう。

最高裁判所が、あえて、契約未了のNHK受信料債権については、時効消滅をさせない、という判断に至ったポイントは、速やかに受信契約をした者とそれを遅延した者との間で差が出るのはやむを得ない、という価値判断であろう。

最高裁判所として、全世帯の2割に対して、そう言い切るのは、ある意味、勇気が要っただろう、と思うが、最高裁大法廷の15人の裁判官中、反対したのは一人だけで、14人は賛成しているから、ほぼ不動の結論だったと思われる。

これでNHKが強気になったら、世の中が荒れるな、という嫌な予感はするところである。

NHKとしては、今回の最高裁判決は、さすがに勝ちすぎである。

勝って驕らず、と言う言葉がある。

弁護士として、自戒を持って身に染みる言葉である。

NHKのコメントは上記のとおり、一応謙虚なものである。

NHKも、そのあたりのバランスを取って、徴収率アップを図らないと、さすがに全国民の2割をまるごと敵に回してしまうと、NHKどころか、総務省や政府全体までが炎上してしまいかねないと思われるところである。

裁判所であったり法曹というのは、むやみに世間の目を気にして流されることなく超然と理に従って公正に判断するという素養が染みついてしまっているが、政府や政治家としては、そうもいかないだろう。

政治の世界の論理は、世間の目を気にして流される声が大きくなりがちな空間にあり、法律家の世界とは寄って立つ基盤が違っているからである。

なおNHK受信料は、全世帯が払わなければいけないわけではない。

免除制度(生活保護等公的扶助受給者、障害者の方の一部など)
https://pid.nhk.or.jp/jushinryo/taikei-henkou.html

別居する家族割引・別宅割引
https://pid.nhk.or.jp/jushinryo/FamilyPlanPostExp.do

事業所割引
https://pid.nhk.or.jp/jushinryo/jigyousyo-waribiki.html

などもある。免除や割引申請できるのに忘れている方がいるかもしれないので、ご一読をお勧めする。

西村幸三

lawfield.com

京都・烏丸三条にある法律事務所を運営。ニュース・法改正・裁判例などから法務トピックを取り上げていきます。